相続手続きをご経験された方ならわかる、相続手続きのお困り例。
親が亡くなった悲しみも癒えないうちに、相続人はまず銀行等に出向き被相続人の預金払戻し等の手続きを行う。預金払戻しには必要書類を記載するだけでは済まず、銀行等から「戸籍関係書類等」の提出を要求される。葬儀費用等を早く支払う必要のある相続人にとっては、被相続人の預金口座を一刻も早く解約したいところ。そこで一旦自宅に戻り「戸籍関係書類等」の収集を試みる。まず被相続人の生前の住所地にある役所で戸籍関係書類を申請したがそこは本籍地ではなかった…。本籍がある市町村を調べるとそこは訪れたことなどない遠隔地の役場…。気を取り直して郵送で戸籍関係書類を請求することにした。本人証明書類を用意し、請求書を書き、発行手数料である定額小為替と返信用封筒を入れて無事投函。一週間位で請求した戸籍関係書類が届く。繁忙期ではあったが早速休暇届を会社に提出し、再度銀行等に出向き用意した書類を提出したのだが、書類の不備、不足を指摘されてしまい、再び戸籍関係書類の請求…。預金払戻しでこんなに苦労するのなら、銀行よりもはるかに敷居の高い法務局での不動産の名義変更なんてとても無理だ…。名義変更をしなければならない不動産は沖縄県、愛知県、東京都にある。そう言えば不動産の相続登記はその不動産が所在する法務局ごとに申請すると聞いたことがある…。ということは、戸籍関係書類等一式も何セットも用意することになるのか。法務局も平日しか対応していないのでまた職場を休まなければならない…、疲れた…、なんで自分だけがこんなに苦労するのだろう…、怒りすら覚えてきた…。
現在、法務省は「法定相続情報証明制度」を検討しており、来年2017年5月を目途に制度の運用開始を予定しています。
法定相続情報証明制度とは、被相続人に関する戸籍関係書類等を法務局に提出し、法務局が戸籍関係書類等の代わりになる1通の証明書を発行する制度です。この制度のポイントは「相続手続きの際に、銀行や法務局ごとに戸籍関係書類等を提出する必要が無くなる」こと。そして、法定相続情報証明制度に関する法務省の政策目的は、「土地建物の相続登記促進」です。
結論から先に述べますと、残念ながらその効果はあまり期待できないかもしれません。その理由は、証明書を発行してもらうために最初の法務局に提出する戸籍関係書類等は今までと同じく相続人等が収集し、作成しなければならないからです。その手間は省けません。
また、この証明書は基本的な相続関係にのみ対応し、相続放棄や遺産分割協議等がある場合には、別途、遺産分割協議書等を銀行や法務局に提出する必要があります。
高齢化の進行とそれに伴う相続の増加によって、都市部でも放置された空き家が散見されますが、都市部の場合の不動産放置の原因は相続トラブルや税金等で相続人が決まらずやむなく放置されているケース、言わば消極的な不動産放置でしょう。
一方、地方部の場合には、遺産分割の合意はできており、あとは戸籍関係書類等を収集し、事務的に遺産分割協議書を作成すれば何の問題もなく相続手続きが完了する場合であっても、次の算式のため意図的に手続きをしない場合が多いのが実情でしょう。
相続不動産の価値 < 相続手続きに関する費用(手間を含む)
言わば積極的な不動産放置です。この点では、法定相続情報証明制度は地方部の相続登記促進に僅かな効果が期待できるのかもしれません。
しかし、積極的な不動産放置を解消するためには更なる相続手続きに関する費用引き下げが必要でしょう。相続登記がタイムリーに行われないことによって、地方部で放置不動産が増えてしまう、このことがもはや個人や親族だけの問題ではなく、地域の荒廃といった社会の不利益になるのであれば、相続手続き費用を公的に補助する等の更なる手当が必要となるのではないでしょうか。例えば、戸籍関係書類等の収集、作成に関しては、その目的に応じて税理士、司法書士、弁護士等が職権で代行することが可能です。この費用を公的に助成することも一考に値するかもしれません。
また、相続しても使わない土地のために固定資産税を延々と払い続けること、地方自治体によっては国民健康保険料が上がることに抵抗感があるというご相談もしばしば受けます。国や地方自治体が収用(買取り)を行い、環境保全等に役立てるという政策も人口減少時代の日本にとって必要な社会的コンセンサスだと思います。