過去の記事 <相続・贈与>

【ご相談事例】自分と妻の亡き後、財産を母校に寄付したい(3)
2019年08月01日

【解説(前回の続き)】
 第1回の【結論】では、相続財産の非課税について、遺贈と相続財産からの寄付の2つの方法をご紹介しました。さて、何故税法はこの2つの方法を用意したのでしょうか。当職は配偶者への配慮が主な目的だと考えています。

 相続税法では、相続財産には一方配偶者の貢献分が含まれるという考えに基づいて、配偶者の税額軽減制度が設けられています。さらに、仮に一方配偶者の貢献分を相続発生前に相続財産から切り離したいのであれば、配偶者控除を利用し、生前贈与でそれを実行しておいてくださいね、といったように一方配偶者に対するかなり手厚い優遇規定が設けられています。いわば「夫婦共同主義的な制度」です。
 一方で、民法では遺言書に基づく遺贈を最優先にして遺産の承継が実施されます。遺贈は本人の意思を最優先する「個人尊重主義的な制度」と言えるでしょう。

 上記の相続税法と民法の趣旨を調和的に鑑みた制度が、租税特別措置法70条に規定する遺贈又は相続財産からの寄付という2つの制度の存在意義だと思います。
 措置法の趣旨を最大限利用するためには、夫婦で協力し、遺贈という強力な個人主義に基づく手段を講じさせない関係を築いておくことが大切です。このような信頼関係を築けておけば、残された一方配偶者が、配偶者亡き後の豊かな生活を実現した上で、残された一方配偶者の夫婦最後の遺贈によって、既にこの世にいない配偶者の想いも実現することができるわけです。

 そしてなによりも、子がいる場合です。
 その子が親の意思を尊重し、「相続財産からの寄付」をしたとしましょう。当職は思います。親からの相続財産をあてにせざるを得ないような立場ではなく、経済的社会的に自立した成功した子に育ったこと、これが子への最大かつ最強の相続であると…。

【ご相談事例】自分と妻の亡き後、財産を母校に寄付したい(2)
2019年07月29日

【解説】
 遺贈とは、遺言書(自筆証書遺言、公正証書遺言等)を作成し、本人の意思で遺産を特定の人・団体に贈ることです。特定の団体(国、地方自治体、私立大学、国公立大学、日本盲導犬協会等の公益財団法人、特定非営利活動法人(認定NPO法人)等)への遺贈は相続税非課税です。

 相続財産からの寄付とは、相続人の意思で故人より引き継いだ財産から寄付をすることです。これも上記の団体への寄付は相続税非課税となります。

 非課税の具体的な手続きについては、遺贈や寄付ごとに大学が文部科学省に「相続税非課税対象法人の証明書」発行申請を行います。実務的には、当該証明書を相続税の申告をする税理士等が受領して相続税の確定申告をすることが多いでしょう。
大学のホームページを見ると、遺贈については金融機関の遺言執行サービスの利用を勧めているようです。
 しかし、当職がお勧めするのは、金融機関に丸投げではなく、本人が主体的に動き、必要に応じて専門家の助けを求めるやり方です。
 この場合の専門家は、顧問税理士や登記を依頼している司法書士、裁判や調停でお世話になった弁護士等、以前から信頼関係を築けている個人的に気心が知れた信頼できる専門家が良いでしょう。金融機関に丸投げした場合には、手数料がそれなりに高額な事、担当者が頻繁に移動してしまう事、事務的に手続きが執行されてしまう事を十分に認識してください。気心が知れて、信頼できる専門家がいない場合には次善策として金融機関のサービスを利用すればよいでしょう。

 次回は遺贈をする際の配偶者への配慮について、税理士としてというよりは一個人としての考え方を述べさせていただきます。

【ご相談事例】自分と妻の亡き後、財産を母校に寄付したい(1)
2019年07月28日

【相談内容】
 一代で築いた一級建築士事務所も、スタッフを20名程抱える規模になり経営も順調です。2人の子供に関しては、長男は勤務医、長女は公認会計士となり、彼らの生活に関しては何の心配もしていません。
 自分の両親は貧しかったので、自分は人一倍勉強し、人一倍働いて今の事業を育ててきました。しかし、そのような環境によって今の自分があると思っています。一方で、親の援助が豊富な知り合いたちが、ここぞという時の踏ん張り力が足りず、社会的に成功しなかった例も山ほど見てきました。
 そのようなことから、「子供に財産を残すことで結局子供をダメにする」という人生訓を持っています。自分と妻の亡き後には、愛着のある出身大学に遺産を寄付したいと考えています。税の関係をご教示ください。

【結論】
 ご出身大学への「遺贈」または「相続財産からの寄付」によって、対象資産の相続税を非課税にすることができます(租税特別措置法第70条)。

 次回は上記の手続、留意点等の解説です。

【ご相談事例】相続人である母が認知症
2019年06月20日

 

【相談内容】
 先般、父が他界しました。相続人は長女の私と長男、母の三名です。父は遺言書を残しておらず、相続人で協議して遺産を分けようと弟と話しています。ここで一つ心配なのが、母の認知症が進行していることです。父が亡くなったことは理解しているようですが、その他の日常的なことを母だけでやらせるのは心配な状況です。このような状態で、遺産分割協議、その他の相続手続はどうなるのでしょうか。

【結論】
 意思能力が備わっていれば問題ありません。問題になったとき、例えば銀行が預金の引き出しに応じない等に備えて、日常的にお母様に意思能力がある証拠を集める努力をしてください。医師の診断書はその証拠の一つになる場合があります。

【解説】
 意思能力とは、人間に備わっている能力の一つで、法律行為(法的な権利や義務を発生又は消滅させる行為。遺産分割協議も法律行為です)を有効に行うための理解、判断能力のことです。
 ここで、意思能力がない≠認知症、であることに留意する必要があります。
 認知症の症状として典型的なのは、記憶障害(ひどい物忘れ)、判断力の低下(正しい方を選ぶことができない)、理解力の低下(新しいルールが理解できない)、見当識障害(時間、場所、人がわからない)といった「脳の働きの低下」によるものでしょうか。一方、多弁・多動(おしゃべりが止まらない・じっとしていられない)、暴言・暴力、排泄トラブル、徘徊、幻覚、妄想等の「気質による症状」もあります。
 意思能力がないとは、前者の「脳の働きの低下が顕著で、事理を弁識する能力がない」という事実に関する法的な評価によります。この法的な評価を「事実認定」と言いますが、事実認定は必ずしも医学的な診断と一致しません。このことが認知症を原因とする当事者能力(法律行為をする資格がある人だったのか)を巡る紛争の原因にもなっているのでしょう。

 ちなみに民法には、「成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言をするには、医師二人以上の立会いがなければならない。」(民法973条②)というように、一度意思能力を失ったものの、一時的な回復を予定している条文もあります。意思能力の判断に関しては流動的な側面もあるのです。

 意思能力を巡っての紛争を最終的に解決するには司法の判断を仰ぐしかありません。したがって、関係当事者にとって重要なのは、意思能力の有無についていかに裁判官を納得させる証拠を積み重ねることができるかということ。この点、弁護士等の法律専門家の助言を求めることも大切ですが、究極的には身近にいる親族を除いて証拠収集の役割を担う人はいないことを肝に銘じる必要があります。

 最後に個人的な見解ですが、裁判所調停委員としての当職の印象では、裁判官は認知症に関する法律行為の当事者能力「有」の幅を、比較的広くとらえているように感じます(もちろん事件の種類、重要性、金額にもよりけりですが…)。


【ご相談事例】宗教法人に相続させたい
2018年09月25日

 

【相談内容】
 私が牧師を務める教会(宗教法人)では近年子供がいない兄弟姉妹(筆者注:信者さんのこと)が増えており、「死後は自分の財産を教会へ遺贈することを考えている」旨の申し出を受けています。教会としても兄弟姉妹の想いに感謝で応えたいのですが、具体的にどのようにすればよいのかご教示ください。

【結論】
 遺言書を作成し、そこで宗教法人を受遺者に指定すると良いでしょう。その際、法定相続人の遺留分に配慮することが必要です。
 税法上は一定要件を満たせば宗教法人は相続税の納税義務者ではありませんが、その一定要件が複雑なので注意が必要です。また、相続財産が不動産の場合には原則として譲渡所得税が発生します。

【解説】
 相続税の納税義務者は、遺贈または相続により財産を取得した「個人」と定められており、法人が遺贈を受けた場合については、原則として相続税の納税義務者とはなりません。例外は、持分のない法人(宗教法人は持分のない法人に該当)に遺贈し、その遺贈により「遺贈者の親族等の相続税負担が不当に減少する」、つまり、当該遺贈が租税回避行為と認定される場合です。
 租税回避行為の具体例としては、遺贈を受けた宗教法人に所属する役員が遺贈者の親族で、一旦遺産を宗教法人に寄付した後、遺贈者の親族である役員に多額の役員報酬を支払えば、相続税の負担をなくしつつ、財産を「個人」に移転できるといったケースです。
 また、宗教法人の組織運営が適正になされている必要もあります。税務当局によって行為も組織も租税回避が目的だと認定されてしまうと、その宗教法人を個人とみなして相続税が課税される訳です。

 当然、納税者に不利益となる認定は税務当局が恣意的に行えるはずはなく、どのような場合に相続税等の負担が不当に減少しているのか、どのような運営組織が不適正なのか、について法令で詳細に定められています。法令の説明は割愛しますが、相続税法施行令第33条3項各号には、理事等の定数、選任の方法、議事の決定用件、収支予算及び決算、基本財産の処分、給与等の支給基準等々が事細かに定められています。
 当職の経験では、実際に宗教法人が遺贈を受けるに先立って、法令の要件を満たすように法人の諸制度の整備及び見直しが不可欠である場合がほとんどです。

 また、相続税法とは別に所得税法では、個人が土地、建物等の財産を法人に寄付(贈与、遺贈を含む)した場合には、寄付時の時価によって譲渡があったとみなされ、これらの財産の取得時から寄付時までの値上がり益に対して所得税が課税される規定があります(所得税法第59条1項一)。この場合の納税義務者は遺贈者となるため、準確定申告で譲渡所得税を納税することになります。

【日本経済新聞記事】「家なき子成り」による節税
2017年12月04日

 政府は相続税回避行為の対策として、2018年度税制改正でいわゆる「家なき子成り」による相続税の節税も封じる方針のようです。
 「家なき子成り」とは、「亡くなった方(被相続人)と別居していて、かつ、3年以上自分の持ち家に住んでいない親族」に成ることです。小規模宅地特例の適用要件の一つとして、対象の相続人が「家なき子」である必要があるため、自分(相続人)の住宅を子らに生前贈与し、「家なき子」と成るスキームが相続税回避行為として問題視されてきました。

 小規模宅地特例については、土地の評価額を330㎡まで8割引するという節税効果が極めて高い特例です。この制度はそもそも「持ち家を持たない相続人が相続を機会に自宅を所有することになった場合にまで課税するのは酷ですね…」という立法趣旨であるため、実質的に持ち家を所有している人(担税力のある人)が特例を利用するのは公平の観点で問題ありというもの。
 11月30日付の日本経済新聞の記事によれば、相続時に住んでいる家がもともとは自分で所有していたものであったり、3親等内の親族が所有する家に住んでいたりする場合は特例の適用対象外とする案が有力なようです。
 しかし、他の方法で「家なき子」に成る方法も有りそうですので、税務当局とのいたちごっこはまだ続くのかもしれません。

【日本経済新聞記事】一般社団法人を使った節税
2017年12月03日

 一般社団法人は、営利を目的としない法人で、人が集まることによって法人格を取得して作ることができます。一般的には馴染みのない法人ですが、沖縄でも軍用地所有を目的として一般社団法人を利用する例があります。
 11月30日付の日本経済新聞の記事によると、2018年度税制改正の中で、一般社団法人を使った相続税の課税回避措置を講ずることが検討されているそうです。
 政府が問題視している一般社団法人の使い方は、相続税対策で一般社団法人を設立し、親(被相続人)の相続財産を一般社団法人に移し、法人の支配権も子(相続人)に移転するというものです。この仕組みの運用で、一般社団法人という箱に相続財産を入れて、理論上は子、さらには孫やその先の代まで非課税で遺産を相続できることになります。この方法は、相続税節税スキームの中では比較的単純なこともあって、オーナー社長の事業承継手法として普及していると言えるでしょう。

 しかし、一般社団法人を使った節税には注意点もあります。それは相続税法第66条4項に規定される租税回避防止規定です。当該条文の意味するところは、「持分の定めのない法人(一般社団法人等)を利用して相続税又は贈与税の負担が不当に減少する結果となると認められるときには、その法人を個人と見做してこれに相続税等を課税する」というものです。
 この租税回避防止規定に対して現行実務では、定款等に「解散した場合には残余財産が国等に帰属する」旨の定めをすることによって、「法人と個人の関係は完全に遮断されました」と「宣言」をします。まるで自分の資産であってないような状態と言ってよいでしょう。

 一方で、政府は事業承継対策税制という官製スキームを別途に用意しています。しかし、その適用要件が煩雑かつ制限が多いため、平成20年の制度開始以降、その利用が認定(相続税)959件、認定(贈与税)626件(平成28年9月末現在)と非常に少ない件数にとどまっています。
 このような状況下で、税の公平性の問題はあるにせよ事業承継の簡便的な手法とも言える一般社団法人スキームを封じることで、我が国にとって喫緊の課題である事業承継を停滞させてしまっては元も子もないのではないでしょうか。
 当職は、「事業承継対策税制の利用を促す制度改正」と「税の公平性の観点での一般社団法人スキーム防止措置」とを政策パッケージ(注)にすることなしでは、事業承継問題の本質の解決にはならないと考えています。

(注)その後の報道で事業承継対策税制も2018年度税制改正で拡充されることがわかりました。その目玉は納税猶予について全株式の100%に改正されるということです(現行法では53%)。しかし事業承継の際、後継者が感じるハードルとして税が占める割合はいったいどれほどのものなのでしょうか。
 次世代の経営者が事業承継に当たって憂慮すること、そして、有能な後継者であればあるほど望む事、それは「今の外部環境に立ち向かえる自由な経営」なのではないでしょうか。この点、旧世代の経営者が築いた設備、人件費等の固定費が競合他社との競争の足かせになっているのであれば、まずはそれを整理したいはずです。事業承継対策税制が承継される事業の雇用等に関する要件を変えない方向であるなら、その方向性を起業家精神溢れる後継者が受け入れることは難しいと言わざるを得ません。
 「起業家精神溢れる次世代経営者の自由な活動を保証する仕組みの整備」こそが事業承継対策の本丸であるような気がします。皆さんはこの点どのようにお考えになるでしょうか。

案外盲点!「遺産分割協議成立の難易度、実は「難関」」
2017年08月15日

 遺産分割協議とは、相続人全員の合意の下で被相続人(亡くなった方)の遺産の分け方を決める話合いです。各相続人に帰属する前の遺産については、相続人全員が法定相続分の割合で共有していることになります。そのため、遺産分割協議成立前に各相続人が遺産に係る預金の解約や有価証券の処分をしたり、不動産からの賃料を費消したりすることは当然できません。
 遺産分割協議が成立するとその内容を書面にします。これが遺産分割協議書です。遺産分割協議書には相続人全員が署名(記名でも可)、押印(実印が必要)することによって、第三者に対して各相続人の相続財産が確定しました、という証明の効果が生じます。この遺産分割協議書の証明をもって、法務局で不動産の名義変更が可能となり、金融機関で預金の引き出しが可能になる等、相続手続きが一気に進行することになります。
 もうお分かりのように、このような対外的に強い証拠力を持つ書面ですので、真の相続人が誰かについては、「相続人全員が実印をもって押印」することで担保されることになります。そして、事情によってはこの実印押印が非常に難関になってしまうことがあります。各相続人にとっては、法律によって自分の相続人としての権利が強固に守られていると感じる瞬間でしょう。
 この強力な権利の裏返しで、仲が悪く何年も疎遠になっている兄弟にも遺産分割協議に参加させ、あるいは遺産分割協議書の内容に同意させ、それを実印押印という形で結実させなければなりません。
 またこんなケースもしばしばあります。遺産分割協議には期限がないため、相続が発生して何年も過ぎた後、なんらかの必要にせまられて遺産分割協議書を作成しようとしますが、当初の相続人が死亡しており、その配偶者や子に相続権が相続されているケース。その子のうち一人が外国で暮らしている…。彼(彼女)って実印を持っているのか、確認しようにも連絡がとれない…等々。

 以上のような、ある意味ではわかり易い困難さを上回る、実務でしばしば遭遇する事例は次のようなケースです。
 被相続人が生前の頃は、皆そこそこ仲の良い関係を維持していたので、当然相続人間の連絡は問題なく、遺産分割手続き自体も問題なくできそう…、しかし、遺産分割協議書(案)を実際に読んだらそれぞれの言い分がふつふつと湧き出してきた。いざ実印押印となって、「本当に自分の相続分はこれでよいのか、不公平ではないか…、自分は他の兄弟より亡くなった父の面倒をよく見ていた…等々」となってしまうのはザラです。実はこのようなケースが遺産分割協議不調の原因として一番多く、遺産分割協議の難易度、実は「難関」と考える所以です。

 相続未登記等で所有者が分からなくなっている可能性がある土地の総面積が、九州より広い約410万ヘクタールに達するとの推計結果を、有識者でつくる所有者不明土地問題研究会(座長・増田寛也元総務相)が2017年6月26日に公表しました。原因は遺産分割協議が頓挫してしまい、時が経って関係者が消滅してしまった結果と推察されます。

 次回は遺産分割協議が成立しない場合の税務上の不都合な事実についてご説明します。

税理士業務のヒヤリハットをご紹介します。第1回目は、「案外盲点!「遺産分割協議」」です。
2017年08月10日

 税理士業務を通じて経験したヒヤリハットに加えて、当事務所がお引き受けした相続に関する案件、セミナー等を通じて皆様からいただいたご質問の中から、専門家の常識と世間のそれが異なるケースを「案外盲点!」シリーズとしてご紹介していきます。トラブルの予防としてお役立てください。

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 案外盲点!「遺産分割協議」まえがき

 案外知られていないことですが、民法(第882条~第1044条)では遺産分割について、被相続人(亡くなった方)の意思を優先的に尊重するため、原則として遺言書によって遺産を各相続人に分けます(但し、相続人全員の同意があるときには、全相続人の協議(遺産分割協議)による分割も可)。したがって、遺産分割協議の法的立ち位置は、遺言書が存在しない場合に、次の手段として、相続人間の話合いで遺産を分割する手続と言えます。つまり、遺産分割の手段として、遺言を主とするならば、協議はあくまでも従たる存在にすぎません。
 しかし実際には、遺言分割の割合は約1割(人口動態統計の年間推計(厚生労働省)、日本公証人連合会統計、司法統計から算出)にすぎず、我が国では協議分割での相続手続が未だ主流と言えるでしょう。
 このため、相続税に関する税務代理や財産管理業務をお引き受けする税理士は、遺産分割協議手続、そして協議が成立しない場合の法的手続き(調停、審判)を十分に勘案した上で、該当事案に関する説明責任を果たす必要があります。この対応が不十分である場合には、専門家責任の観点から損害賠償のリスクが生じるでしょう。

 これからシリーズで、当事務所がお引き受けした相続に関する案件、セミナー等を通じて皆様からいただいたご質問の中から、専門家の常識と世間のそれが異なるケースを「案外盲点!」シリーズとしてご紹介していきます。当事務所に蓄積されている「経験」を皆様のトラブルの予防としてご利用いただければ幸いです。
 この経験の中には、「もう少しうまくできたのでは」といったものも敢えて含めました。その意味は、わたなべ事務所の大切な理念として、「失敗から謙虚に学ぶ」ことをモットーにしているからです。
 次回は早速本論に入ります。テーマは、案外盲点!「遺産分割協議の難易度、実は「難関」」です。

「法定相続情報証明制度」について
2016年11月23日

 相続手続きをご経験された方ならわかる、相続手続きのお困り例。

 親が亡くなった悲しみも癒えないうちに、相続人はまず銀行等に出向き被相続人の預金払戻し等の手続きを行う。預金払戻しには必要書類を記載するだけでは済まず、銀行等から「戸籍関係書類等」の提出を要求される。葬儀費用等を早く支払う必要のある相続人にとっては、被相続人の預金口座を一刻も早く解約したいところ。そこで一旦自宅に戻り「戸籍関係書類等」の収集を試みる。まず被相続人の生前の住所地にある役所で戸籍関係書類を申請したがそこは本籍地ではなかった…。本籍がある市町村を調べるとそこは訪れたことなどない遠隔地の役場…。気を取り直して郵送で戸籍関係書類を請求することにした。本人証明書類を用意し、請求書を書き、発行手数料である定額小為替と返信用封筒を入れて無事投函。一週間位で請求した戸籍関係書類が届く。繁忙期ではあったが早速休暇届を会社に提出し、再度銀行等に出向き用意した書類を提出したのだが、書類の不備、不足を指摘されてしまい、再び戸籍関係書類の請求…。預金払戻しでこんなに苦労するのなら、銀行よりもはるかに敷居の高い法務局での不動産の名義変更なんてとても無理だ…。名義変更をしなければならない不動産は沖縄県、愛知県、東京都にある。そう言えば不動産の相続登記はその不動産が所在する法務局ごとに申請すると聞いたことがある…。ということは、戸籍関係書類等一式も何セットも用意することになるのか。法務局も平日しか対応していないのでまた職場を休まなければならない…、疲れた…、なんで自分だけがこんなに苦労するのだろう…、怒りすら覚えてきた…。

 現在、法務省は「法定相続情報証明制度」を検討しており、来年2017年5月を目途に制度の運用開始を予定しています。
 法定相続情報証明制度とは、被相続人に関する戸籍関係書類等を法務局に提出し、法務局が戸籍関係書類等の代わりになる1通の証明書を発行する制度です。この制度のポイントは「相続手続きの際に、銀行や法務局ごとに戸籍関係書類等を提出する必要が無くなる」こと。そして、法定相続情報証明制度に関する法務省の政策目的は、「土地建物の相続登記促進」です。

 結論から先に述べますと、残念ながらその効果はあまり期待できないかもしれません。その理由は、証明書を発行してもらうために最初の法務局に提出する戸籍関係書類等は今までと同じく相続人等が収集し、作成しなければならないからです。その手間は省けません。
 また、この証明書は基本的な相続関係にのみ対応し、相続放棄や遺産分割協議等がある場合には、別途、遺産分割協議書等を銀行や法務局に提出する必要があります。
 高齢化の進行とそれに伴う相続の増加によって、都市部でも放置された空き家が散見されますが、都市部の場合の不動産放置の原因は相続トラブルや税金等で相続人が決まらずやむなく放置されているケース、言わば消極的な不動産放置でしょう。
 一方、地方部の場合には、遺産分割の合意はできており、あとは戸籍関係書類等を収集し、事務的に遺産分割協議書を作成すれば何の問題もなく相続手続きが完了する場合であっても、次の算式のため意図的に手続きをしない場合が多いのが実情でしょう。

相続不動産の価値 < 相続手続きに関する費用(手間を含む)

 言わば積極的な不動産放置です。この点では、法定相続情報証明制度は地方部の相続登記促進に僅かな効果が期待できるのかもしれません。
 しかし、積極的な不動産放置を解消するためには更なる相続手続きに関する費用引き下げが必要でしょう。相続登記がタイムリーに行われないことによって、地方部で放置不動産が増えてしまう、このことがもはや個人や親族だけの問題ではなく、地域の荒廃といった社会の不利益になるのであれば、相続手続き費用を公的に補助する等の更なる手当が必要となるのではないでしょうか。例えば、戸籍関係書類等の収集、作成に関しては、その目的に応じて税理士、司法書士、弁護士等が職権で代行することが可能です。この費用を公的に助成することも一考に値するかもしれません。
 また、相続しても使わない土地のために固定資産税を延々と払い続けること、地方自治体によっては国民健康保険料が上がることに抵抗感があるというご相談もしばしば受けます。国や地方自治体が収用(買取り)を行い、環境保全等に役立てるという政策も人口減少時代の日本にとって必要な社会的コンセンサスだと思います。

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