【ご相談事例】相続人である母が認知症

 

【相談内容】
 先般、父が他界しました。相続人は長女の私と長男、母の三名です。父は遺言書を残しておらず、相続人で協議して遺産を分けようと弟と話しています。ここで一つ心配なのが、母の認知症が進行していることです。父が亡くなったことは理解しているようですが、その他の日常的なことを母だけでやらせるのは心配な状況です。このような状態で、遺産分割協議、その他の相続手続はどうなるのでしょうか。

【結論】
 意思能力が備わっていれば問題ありません。問題になったとき、例えば銀行が預金の引き出しに応じない等に備えて、日常的にお母様に意思能力がある証拠を集める努力をしてください。医師の診断書はその証拠の一つになる場合があります。

【解説】
 意思能力とは、人間に備わっている能力の一つで、法律行為(法的な権利や義務を発生又は消滅させる行為。遺産分割協議も法律行為です)を有効に行うための理解、判断能力のことです。
 ここで、意思能力がない≠認知症、であることに留意する必要があります。
 認知症の症状として典型的なのは、記憶障害(ひどい物忘れ)、判断力の低下(正しい方を選ぶことができない)、理解力の低下(新しいルールが理解できない)、見当識障害(時間、場所、人がわからない)といった「脳の働きの低下」によるものでしょうか。一方、多弁・多動(おしゃべりが止まらない・じっとしていられない)、暴言・暴力、排泄トラブル、徘徊、幻覚、妄想等の「気質による症状」もあります。
 意思能力がないとは、前者の「脳の働きの低下が顕著で、事理を弁識する能力がない」という事実に関する法的な評価によります。この法的な評価を「事実認定」と言いますが、事実認定は必ずしも医学的な診断と一致しません。このことが認知症を原因とする当事者能力(法律行為をする資格がある人だったのか)を巡る紛争の原因にもなっているのでしょう。

 ちなみに民法には、「成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言をするには、医師二人以上の立会いがなければならない。」(民法973条②)というように、一度意思能力を失ったものの、一時的な回復を予定している条文もあります。意思能力の判断に関しては流動的な側面もあるのです。

 意思能力を巡っての紛争を最終的に解決するには司法の判断を仰ぐしかありません。したがって、関係当事者にとって重要なのは、意思能力の有無についていかに裁判官を納得させる証拠を積み重ねることができるかということ。この点、弁護士等の法律専門家の助言を求めることも大切ですが、究極的には身近にいる親族を除いて証拠収集の役割を担う人はいないことを肝に銘じる必要があります。

 最後に個人的な見解ですが、裁判所調停委員としての当職の印象では、裁判官は認知症に関する法律行為の当事者能力「有」の幅を、比較的広くとらえているように感じます(もちろん事件の種類、重要性、金額にもよりけりですが…)。