【ご相談内容】
5年前に優秀な若手Aを営業部長兼取締役に引き上げました。それ以降も営業成績は順調に伸び続けています。
来期に当社は新たな分野に新規参入を検討しています。その際にはAを統括営業責任者に昇格させ、肩書も営業部長兼専務取締役にする予定です。当然、営業成績に応じてAへのボーナスは弾みますよ。税金的に何か問題がありますか?
【結論】
問題があります。
税法では専務や常務等の職制上の地位を有する役員は使用人兼務役員になれません(法人税法第34条6項、法人税法施行令第71条1項二)。したがって、Aさんに支給する金額は全額が役員給与(役員報酬)となることから、法人税法上の制約(役員給与の損金不算入)を受けます。その結果、原則として、実績ベースの賞与や昇給が損金不算入(経費として認められない)となり、法人税等が増加してしまいます。
【解説】
ここでは専ら税金の観点で、なぜ専務と名乗ることに問題があるのかについて説明しましょう。
1. なぜ、税法は「役員給与」の支給方法に干渉するの?
平成18年度税制改正で、役員給与について次のような整理をしました。
「役員給与は実質的に「利益の分配」であり、利益の分配=配当(経費にならない)となるため、役員給与は原則として経費にならない」。
とはいえ、現実には役員給与にも役員の生活保障的な労務の対価が含まれているという事実、また、法人課税所得に対する恣意性が廃除されているという事実、が満たされる場合には、一定額は例外的に経費にしても差し支えないでしょう、という考え方で設けられた規定が、「定期同額給与」、「事前確定届出給与」、「利益連動給与」でした(3つの給与に関する詳細は省略)。
2. なぜ、代表取締役、専務、常務(以下、代表取締役等)は使用人兼務役員になれないの?
これは次のように、「会社と従業員(使用人)との関係」、「会社と代表権を持つ役員との関係」を整理するとスッキリします。
会社からみた使用人は、雇用契約によって労働力を会社に売る第三者(ちなみに従業員が入社時に会社と取交す雇用契約書等には人事部長ではなく、代表取締役の名前が記載されているでしょう)です。一方、代表取締役等は委任契約によって対外的に会社を代表して第三者と取引をする権利を持っています。
したがって、代表権をもつ専務、常務が、会社から見た第三者である使用人を兼務してしまうと、論理的には「自己取引」が成立してしまいます。
しかし、代表権のない取締役は、そもそも取引の第三者である使用人と会社として取引ができません。したがって、営業部長(使用人)を兼務する取締役であっても「自己取引」が成立しないため、使用人兼務役員に就任できるわけです。勿論、税務上も役員としての立場と使用人としての立場を整合的に使い分けることが可能になります。
ちなみに、ここでいう使用人兼務役員とは、役員のうち部長、課長、その他法人の使用人としての職制上の地位を有し、かつ、常時使用人としての職務に従事する者をいいます。
3. 実は、会社法には専務、常務という言葉は存在しない
法律(会社法)では、単に取締役と代表取締役が区別されているに過ぎません。代表取締役は文字通り第三者に対して会社を代表します。したがって、取引の相手方は会社の代表権を有する者とした取引=会社とした取引となります。
一方、取締役は会社に対して代表権を有しないので、取締役が独断で行った取引について、原則として会社はその第三者との取引を拒否することができます。
4. 会社法にない専務取締役とか常務取締役の肩書を名乗って、会社もそれを認めている場合にはどうなるの?
この場合にも対外的には会社の代表権を有する者とした取引=会社とした取引となります。その理由は、旧商法で専務取締役、常務取締役が会社を代表する者として例示されていたため、その名残で現在でも(慣習的に)会社を代表する役員として取り扱われているからです。
それでは、対外的には一切専務、常務等のいわゆる職制上の地位を示さない場合はどうでしょうか。
この場合はあくまでも実態がどうなっているかという事実認定の問題だと思いますが、法人税法の役員給与損金不算入の制度主旨を鑑みれば、外部・内部の区別は、あくまでも表面的な判断基準の一つに過ぎず、実質的に自らの給与と法人の課税所得の割合をコントロールできる立場であるのならば、役員給与損金不算入規定が定義する「役員」になるのではないかと思料されます。
いずれにしましても、明示であるか暗黙であるかを問わず、会社がその役員に専務、常務という呼称を与えるのであれば、税務リスク及び法務リスクが生じるとの認識を持つべきでしょう。