全国的には知られていないと思いますが、沖縄の所得税確定申告では「軍用地控除」が一般的に適用されています。
軍用地控除とは、【公用地(軍用地)料-地主会会費】の1割を収入から控除しても税務署はそれを認めるというローカルルールです。その起源についての真偽は確かめようがありませんが、かつて「税制調査会のドン」と称され、選挙区でもない沖縄とつながりの深かった自民党の大物政治家だった山中貞則さんの沖縄の基地負担に配慮した鶴の一声だと言われています。
もちろん、法律には軍用地控除なる規定は存在しません。当職が沖縄に来て間もない頃、相談員として税務署主催の確定申告相談に従事した際、税務署職員から「指導員の皆さんへ」というマニュアルを渡され、そこに「公用地の10%はOK」との記載がありました。現場の税務署職員に「これって何ですか?」と質問したところ、このローカルルールを説明してくれた訳です。
あらためて言うまでもなく、税の大前提は租税法律主義(憲法84条)です。法律に規定のないいかなる取り扱いも税に関しては不可な筈です。今では考えられませんが、かつて政治的(超法規的)に導入され、それが今日まで沖縄の課税実務として継続してきたのでしょう。
そのローカルルールについて、先日催された税務署との定例会議の席上、平成29年分の所得税確定申告からは適用を認めない旨の説明が税務署側からありました。納税者の意識の向上等、理由は色々あるのでしょうが、やはり沖縄県と国との関係がこじれているこの時期にこのような見直しが行われるということは政治的な思惑も見え隠れします。もっとも、政治的配慮によって導入された制度が政治的に手仕舞いする訳ですから、ある意味道理に適っているとも言えるでしょう。当職のように法的根拠のない軍用地控除ではなく「損金実額控除」を推進してきた税理士からすれば、ようやく制度が改善されたというのが正直な気持ちです。
さて、そもそも軍用地控除は、実額控除をしている納税者には適用されませんでした。例えば、軍用地料としての不動産所得の他に事業所得があって、税理士に記帳代行や確定申告書の作成を依頼している場合、税理士への支払いは経費として実額控除になりますが、軍用地控除は適用されません。一方、軍用地収入が主たる収入で、税理士に確定申告書の作成を依頼していない場合は、経費の支払いがないのにも関わらず軍用地控除が適用されるという大変有利な制度になっていた訳です。ちなみに、軍用地収入が10万円でも1000万円でも軍用地控除は原則1割であることには変わりありません。この点でも税の基本原則である平等の原則に著しく反することは言うまでもありません。
ちなみに、政治的配慮はそれとして、なぜ会計検査院や税理士会等、政治的に中立的な機関がこのローカルルールを看過してきたのでしょうか。国税庁、国税局、税務署は行政機関なので、内閣を組織する政権与党の意向を酌まざるを得ません。このような国の権力構造の下では、いかに優秀な税務官僚で組織される国税庁であってもその自浄作用を期待することはできません。
この点、特に会計検査院は消費税益税問題等の税法の抜け道にも従来強い関心をもって指摘してきました。沖縄の軍用地控除のような法定外ルールについて、もし他の地域や団体にも存在するのであれば、国家財政に及ぼす影響と適正性の指摘に果敢に挑んでいただきたいものです。
また、我々税理士についても、税理士法第1条に規定する「独立した公正な立場」で、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図るという使命を再認識する必要があるでしょう。その理由は、全ての納税者は法の下で公平に扱われるという前提で税務が成り立っているからです。この前提が崩れれば、法定外ルールやインターネットに溢れる税金に関する出所不明な情報によって税務の安定性が損なわれ、最終的にはその不利益は納税者が負うことになるからです。納税者の代理人である税理士には、「税務は法の下で公平である」という理念を通じて、そのような不利益から納税者を守る職責があります。
さて、実務として軍用地控除廃止後どうするかですが、税理士に依頼している場合にはその支払い報酬を実額で経費とすれば良いでしょう。また、実額控除する支払いがない場合には、所得税の青色申告承認申請を行った上、要件を満たした上で10万円控除等を適用することになるかと思います。