【事件の内容】
AとBは、被相続人Cの遺産について、一旦協議による遺産分割を成立させ、その協議内容に沿って各相続人への遺産の移転(名義変更等)も完了した。
ところがその後、Aが当初の遺産分割内容に疑義を抱き、Bに遺産分割協議のやり直しを申し出たところ、Bがそれを認めなかった為、AはBを相手取り、遺産分割調停を申し立てた。
【条項例】
1. AとBは、被相続人C(平成○年○月○日死亡)の遺産についての平成×年×月×日付遺産分割協議書が合意により解除されたことを確認する。
2. AとBは、被相続人Cの遺産につき、次のとおり分割する。
① …
② …
【税理士の視点】
1. 当該遺産分割のやり直しは、「合意解除」なのか、「無効」なのか。
2. 税務では「合意解除」の場合には、一旦適法に成立した合意とは別個の合意が発生したものとみなす。一方「無効」の場合には、そもそも当初の遺産分割協議の成立はなかったものとみなす。
【解説】
今回の事例は、適法に成立した遺産分割協議書について、これを相続人全員の合意によって解除した場合を考えてみたいと思います。
民法では、共同相続人はいつでも、その協議で遺産分割ができるとされています(民法907条①)。一方、税務では一旦有効に成立した遺産分割協議を合意解除し、再度遺産分割協議をやり直した場合、合意解除後に成立した遺産分割協議書については、遺産分割協議による取得ではなく、相続人間の譲渡、贈与、そして交換によって別個に資産が移転したと取扱われ、それによって新たな課税関係が発生したとみなされます(国税不服審判所 平成17.12.15裁決等多数)。
以上を踏まえた、具体的な税目に関する税務リスクは次の通りです。
1. 相続税
合意解除の場合の相続税申告については、そもそも課税標準や税額の計算が国税に関する法律の規定に違反していた訳ではないので、相続税額そのものは変わりません。つまり、合意解除の場合には、遺産の分割割合及び各相続人への帰属が変更されたにすぎず、相続税額の計算の基礎となる遺産総額、課税要件が変更されたわけではないからです。
2. 贈与税
AとBは再遺産分割協議により、当初の遺産分割で取得した財産と異なる財産について、調停条項に記載された通りに再分割したとします。この再分割の実態は贈与、譲渡、そして交換に他なりません。この内、対価なく財産を取得、あるいはそれぞれの資産の時価評価額について差異がある場合の当該差額については、その経済実態は贈与と認定される可能性が高いでしょう。
3. 所得税
例えば当初の遺産分割協議書では、Aが預金債権をBが不動産を取得するものとされていたとします。その後の合意解除とそれに続く再遺産分割協議によって、Aが不動産、Bが預金債権を取得する場合、Bは当該不動産を預金債権の価額で譲渡(売却)したことになり、資産の含み益についてBに譲渡所得税が課税されます。
尚、相続を原因とする不動産の取得については、相続人が相続発生前から引き続き所有していたものとみなされるので(所得税法60条1項一)、Bの取得費は被相続人の取得費を引き継ぐことになり、譲渡所得が高額となるリスクに十分留意する必要があります。
(参考)譲渡所得=総収入金額-(取得費(原価及び諸経費)+譲渡費用)
ちなみに合意解除ではなく、当初の遺産分割協議書に無効原因が存在し、無効による遺産分割協議のやり直しを行った場合には、そもそも課税要件が変更されている場合があります。この場合には、当初確定した相続税申告書に記載した課税標準等もしくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていないことになります。
その際の税務手続きは、税額が減少する場合には「更正の請求」、税額が増加する場合には「修正申告」を行うことになります(国税通則法23条1項)。